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JOURNAL / FROM HIKE / TABLE LAMP BILIA



この照明を初めて目にした時、私は「less is more」というあの有名な言葉が浮かんだ。

Biliaのデザインを手掛けたのは戦後イタリアの建築・デザイン界を牽引したジオ・ポンティ。ポンティはミラノ工科大学卒業後、1930年まで陶磁器メーカーのリチャードジノリでアートディレクターを務めていた。その後、自身の建築事務所を設立し、ピレリ・ビル、タラント大聖堂、ミラノの住宅プロジェクト等、官民問わず様々な建築物の設計を行う。 1928年には建築・デザイン誌「DOMUS」を創刊し、初代編集長に就任。建築以外にも家具やカトラリー、アートピースに至るまで国内外のデザイン界に多大な影響を与え、亡くなるまで編集者を続けた。1932年、そのような経歴を持つポンティが照明メーカー「Fontana Arte」を設立。ルイージ・フォンタナが建築製品向けのフロストガラスメーカーとして起業した会社にアートディレクターとして招聘されたのがきっかけである。ポンティは教会や大聖堂のステンドグラスを手掛けた技術と経験もあり、デザインに精通していることからも相応しい人選だったのだろう。今回紹介するBiliaも「Fontana Arte」で1932年から製作されているが、当時の時代背景を考慮すると興味深いデザインのプロダクトでもある。

イタリアデザインの原点は、1920年代の「ノヴェチェント」という芸術運動。ヨーロッパ諸国がデザイン・建築の分野で機能・合理性を重視して近代化を推し進めるのに対し、イタリアは古代ローマからルネサンス期に渡る古典的なスタイルを現代に復興させた。イタリアは統一国家となったのが第一次世界大戦後であったため、周辺諸国よりも近代化や工業化で遅れをとっており、隆盛を誇った時代を想起させることで国民を一致団結させると共に他国のデザインとの差別化を計る狙いもあったとされる。そのため、ポンティがリチャードジノリ時代に手掛けたデザインも新古典主義に着想を得たものが多い。しかし、ウィーン分離派、オランダのデ・ステイル、ドイツのバウハウス等、過去の様式からの脱却及び合理主義(装飾を削ぎ落し、直線・幾何学を用いたシンプルなデザイン)の流れは強く、1930年代にはノヴェチェントの風潮は弱まり、イタリアのデザインも徐々に合理主義の影響を受けるようになった。1932年に誕生したBiliaは、まさにポンティが自身のスタイルに新しい風を取り入れたプロダクトと言える。

それでは、さらにBiliaの魅力に迫っていこう。「Bilia」とはイタリア語で「球」の意味。その名の通り、球と円錐のみで成り立つ一見単純なプロダクトだが、シンプルであるが故に数cmの違いで印象は全く異なるだろう。このように絶妙なプロポーションを生み出せたのはポンティの構成力が成せる業である。後にポンティが手掛けた著名な建築物には幾何学を用いた華麗なファサードや壁面・タイルが登場するが、Biliaのデザインで見せた構成力が礎になっているのかもしれない。ガラスシェードはFontana Arteが得意とするフロスト加工を採用し、柔らかな透過光を空間全体に拡散してくれる。ガラスシェードと金属製の台座により、無機質かつクールな雰囲気だが、実はシェードは職人がマウスブローで製作。人の手が加わっている製作工程を知ることで、温かみを感じ、より一層愛着が湧きそうだ。また、ポンティはBiliaと共に一回り小さなBilia Miniもデザインしている。こちらはBiliaのカラーに加え、ポップな色調の仕様もあり、選択肢の幅が広がってる。ポンティとFontana Arteそれぞれの特長を惜しみなく発揮した照明である。

「less is more」=無駄を削ぎ落した引き算の美学を体現した無駄のない存在は、光を灯さずとも完成されたオブジェクトとして活躍してくれるため、是非日中も視界に入る場所にレイアウトして頂きたい。


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記者:萱野


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FROM HIKE

JOURNAL ON 14TH AUG 2021

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