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HIKE JOURNAL VOL.112


私たちが初めて手にした自分のための家具ってなんだろうと考えた時、思い当たる一つにデスクがあります。一番上の抽斗にだけは鍵がかけられるようになっていて、秘密の日記をつけてしまいこんだり、なくしたくない大切な写真を忍ばせておいたりしたものです。役割としては勉強をするためのデスクだったはずなのですが、そこには大概、自分の好きな本や漫画やおもちゃが並んでいて、ビニールのテーブルマットの下には、熱中していたキャラクターのシールだったりアイドルの写真だったりが挟んであって、その小さなスペースには、自分自身の存在が確かに色濃くありました。勉強や趣味に熱中し、気がつくと夜をくぐり抜けて迎えた朝が幾度もありました。

ただ、当時も今も変わらず、デスクは必ずしもないと困るものではありません。 部屋のどこかに本棚を設えたならば、デスクがなくても本は綺麗に収まります。集めたプラモデルや石ころやその他ありとあらゆる雑多な趣味のものも、玄関や窓辺や、どんな場所にだって置いておけるでしょう。必要があればどんなスペースで勉強なんてできてしまったのと同じように、今の時代はどこにいても仕事をすることに不便なことはほとんどありません。ソファーにもたれながら、あるいはダイニングテーブルに資料を広げながら、時には出社して自分のデスクで黙々と仕事をこなしたり、カフェでコーヒーを飲みながらということも可能です。

デスクという概念はますます多様化して、様々な形で捉えることができるようになった今、デスクという存在そのものの意義はどこにあるでしょう。それはきっと、私たちが幼い頃に買ってもらって幾重にも連なる時間を過ごしたデスクにヒントがあるような気がします。そのデスクで私たちは、私たち自身に向かい合ったり、あるいは時間を忘れるほど何かに熱中していました。そしてそこで重ねられてゆく体験の数々や時間そのものは、しんしんと、しかし確実に私たちの内に積もっていきます。それはつまりその人その人の人間性に大きく関わるものです。

意識するとしないとに関わらず、私たちの根っこの深いところは、そうやってデスクという小さなスペースによって影響を受けており、それは幼い頃も大人になった今も同じように続きます。現実的に作業をするためのスペースとして必要なかったとしても、自分に向き合って静かに熱心に日記をつけていたその時間がまさにそうであったように、その小さなスペースに身を置く時間のシリアスさは幼い頃から変わることがありません。集まったレコードがただただ溜め込まれていくスペースになってしまったとしても、それらを振り返って眺めてみたり、これから流す曲を吟味するその時間の中にある自分の濃度というものはどんなときも深く濃いものであるはずです。




テキスト / 守屋 / @yukina.moriya

FROM HIKE

JOURNAL ON 28TH NOV 2021

デスクの話