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JOURNAL / FROM HIKE / 刺繍織物作家・稲田麻衣



刺繍織物作家・稲田麻衣の個展に訪れた、数年前のこと。展示室の奥の壁に掛かる淡い光を浴びたモノトーンのクロスに目が留まった。間近にすれば細い糸が緻密に重なる刺繍はとても美しく、連なる糸の緩やかさは手仕事ならではの柔らかさを表していた。それはまるでキャンバスに見立てた布に描かれた絵画のようで、聞けば約4年もの長い時間を費やした労作と話してくれた。


稲田は2016年に渡仏して刺繍学校へ入学。様々な時代や地域の技法を学びながら、長期休暇ではファームステイをつかって現地の日常を体験したり、職人との交流を通じて暮らしと共に受け継がれていく手仕事の素晴らしさを実感したという。その貴重な経験と身に着けたクラシックな技法をベースに、日常で触れる自然の情景やインテリア、アートなどインスピレーションから着想したり、自身の感性と時代感を取り入れた方法で刺繍と織物の伝統をいまに繋ないでいる。


織物は平面でプランしたデザイン図案から、2畳半程もある大きな木製の織り機に糸を1本ずつ立体的に仕組んでいく。柄を構成する経糸の準備だけでも数日をかけてやっと織る作業がはじまるのだ。緯糸を締める強さを微妙に変化させつつ、常に足元のペダルを踏み変えることで思い描いたパターンを現していく。繊細に力加減を変えながら織られた織物は糸の絶妙な緩みがあり、機械で織られたものでは得られない柔らかな仕上がりとなる。


刺繍では布を構成する経糸緯糸をグリッドとして捉え、経糸何本ごとに何本ステッチを入れて、それを何列おきに繰り返すといったように、針の先にある微細な世界の中で緻密な計算の元に全体図を描き出している。私たちが面で見えている布を稲田はその構造まで認識することができるのだろう。そして、その布を異素材の糸でかがることで、僅かな陰影や奥行きが生まれて真っ新だった布に秩序を与えていく。


高い次元で構築されていながらも、手仕事にしかない風合いになる。パタンパタンと響く軽やかな織り機の音、糸を掬うかすかな音。1本ごとコツコツと繰り返す創作の時間は、非日常的かとも思うようにゆったりと流れていた。大切に長く受け継がれてきたモノの深みは、古き当時の暮らしぶりに想い巡らせられたり、慈しむ気持ちを教えてくれる。稲田の作品の未来は、どんな暮らしに寄り添いながら受け継がれていくのだろうか。



企画展「Embroidery and Weaving」

会期 2024年3月30日(土)− 4月14日(日) 12:00 − 18:00 火・水 休
会場 HIKE 東京都目黒区東山 1-10-11



企画展概要  刺繍・織物の制作動画  作品販売ページ

FROM HIKE

JOURNAL on 24th Mar 2024

刺繍織物作家・稲田麻衣