JOURNAL / FROM HIKE / 家具と陰翳
HIKEのヴィンテージ家具の撮影はアトリエの一角、片側の窓から心地良い自然光が入る空間で行われます。季節や時間帯、天候により光の色や強弱、差し込む角度は変わるため、被写体となる家具の美しさが少しでも伝わるように様々な構図や画角を模索し撮影していきますが、ふとした瞬間、一際家具が輝いて見えることがあります。それは、優美なチェアの背もたれのラインやソファのアーム、シャープネスなキャビネットのハンドル、テーブルの天板のエッジなど、作り手がその家具を製作する際に最も注力したであろうディテールに柔らかな光が触れ、翳(かげ)へのグラデーションを描いた時、輪郭が研ぎ澄まされ、艶やかな表情となり、その家具が持つ最大限の魅力を伝えてくれているように感じます。
当然ながら家具はそのものだけでは意味を成さず、住まいの中に配置され、使われることで初めて真価を発揮します。腰かけて寛ぐ、モノを仕舞う、食事や作業の場を提供するなど人が生活する上で必要な行為をサポートしてくれるのが家具です。しかし、一度そのサポート役としてではなく、俯瞰で家具を見てみると窓から差し込む光や照明の明かりが家具を照らし、翳を生み出している姿を目にすると思います。朝の薄ぼんやりとした光の中では、家具の輪郭はぼやけ、木目や色味がしっとりと落ち着いて感じますが、逆にレースのカーテン越しでも強い昼間の日差しの中では、明暗のコントラストがくっきりとして、より造形に奥行をもたらします。夕焼け後の僅かな時間、部屋が青い光で満たされた際は木目や装飾は気配を消し、シルエットだけがその存在を示すなど、同じ空間、同じ家具でもその表情は刻々と変化していきます。小説家である谷崎潤一郎氏の著書の一説に「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。〜中略〜陰翳の作用を離れて美はないと思う。」とありますが、日々道具として使うことが当たり前になっている家具にも光と翳という要素が加わることで、その美しさを再認識でき、いつもの風景がより心地よく感じられるかもしれません。
ボーエ・モーエンセンのJ39に腰かけながら、このテキストを書いていますが、彼は自宅を実験室と呼んで、製作前に家具をデザインし、検証する場所として活用していました。それは、道具として日常的に使い、強度や使い勝手を試すのはもちろん、頻繁にレイアウトを変更し、時には天井の形状を変え、新たに壁を作るなど家自体にも手を加え、大掛かりなことも行ったそうです。沢山の窓があり、たっぷりと自然光が降り注ぐ邸宅であったため、様々なシチュエーションで光と翳がもたらす家具の見え方も観察していたのではないかと想像してしまいます。
店内を見渡すともうすっかり日は暮れて、照明の柔らかな明かりが家具を照らしています。北欧では日照時間が短い冬でも室内をくまなく明かりで満たすことはせず、キャンドルや照明を上手に点在させ、室内に明暗を生み出します。翳を享受する環境下で生まれ、使われてきた家具は意図せずとも陰翳を活かし、美しさが際立つ造形になっているのかもしれない、と今目の前にある家具たちを見て思うのです。
*谷崎潤一郎氏 著書「陰翳礼賛」より
テキスト:萱野
JOURNAL ON 24th Apr 2025
家具と陰翳
STORE INFORMATION
1-10-11, Higashiyama, Meguro-ku, Tokyo, 153-0043 JAPAN Open Thur - Sun 12:00-18:00 Closed Mon, Tue & Wed 03-5768-7180(T) shop@hike-shop.com HIKE Area Map
JOURNAL / FROM HIKE / 家具と陰翳
HIKEのヴィンテージ家具の撮影はアトリエの一角、片側の窓から心地良い自然光が入る空間で行われます。季節や時間帯、天候により光の色や強弱、差し込む角度は変わるため、被写体となる家具の美しさが少しでも伝わるように様々な構図や画角を模索し撮影していきますが、ふとした瞬間、一際家具が輝いて見えることがあります。それは、優美なチェアの背もたれのラインやソファのアーム、シャープネスなキャビネットのハンドル、テーブルの天板のエッジなど、作り手がその家具を製作する際に最も注力したであろうディテールに柔らかな光が触れ、翳(かげ)へのグラデーションを描いた時、輪郭が研ぎ澄まされ、艶やかな表情となり、その家具が持つ最大限の魅力を伝えてくれているように感じます。
当然ながら家具はそのものだけでは意味を成さず、住まいの中に配置され、使われることで初めて真価を発揮します。腰かけて寛ぐ、モノを仕舞う、食事や作業の場を提供するなど人が生活する上で必要な行為をサポートしてくれるのが家具です。しかし、一度そのサポート役としてではなく、俯瞰で家具を見てみると窓から差し込む光や照明の明かりが家具を照らし、翳を生み出している姿を目にすると思います。朝の薄ぼんやりとした光の中では、家具の輪郭はぼやけ、木目や色味がしっとりと落ち着いて感じますが、逆にレースのカーテン越しでも強い昼間の日差しの中では、明暗のコントラストがくっきりとして、より造形に奥行をもたらします。夕焼け後の僅かな時間、部屋が青い光で満たされた際は木目や装飾は気配を消し、シルエットだけがその存在を示すなど、同じ空間、同じ家具でもその表情は刻々と変化していきます。小説家である谷崎潤一郎氏の著書の一説に「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。〜中略〜陰翳の作用を離れて美はないと思う。」とありますが、日々道具として使うことが当たり前になっている家具にも光と翳という要素が加わることで、その美しさを再認識でき、いつもの風景がより心地よく感じられるかもしれません。
ボーエ・モーエンセンのJ39に腰かけながら、このテキストを書いていますが、彼は自宅を実験室と呼んで、製作前に家具をデザインし、検証する場所として活用していました。それは、道具として日常的に使い、強度や使い勝手を試すのはもちろん、頻繁にレイアウトを変更し、時には天井の形状を変え、新たに壁を作るなど家自体にも手を加え、大掛かりなことも行ったそうです。沢山の窓があり、たっぷりと自然光が降り注ぐ邸宅であったため、様々なシチュエーションで光と翳がもたらす家具の見え方も観察していたのではないかと想像してしまいます。
店内を見渡すともうすっかり日は暮れて、照明の柔らかな明かりが家具を照らしています。北欧では日照時間が短い冬でも室内をくまなく明かりで満たすことはせず、キャンドルや照明を上手に点在させ、室内に明暗を生み出します。翳を享受する環境下で生まれ、使われてきた家具は意図せずとも陰翳を活かし、美しさが際立つ造形になっているのかもしれない、と今目の前にある家具たちを見て思うのです。
*谷崎潤一郎氏 著書「陰翳礼賛」より
テキスト:萱野