JOURNAL / FROM HIKE / 静のデザイン ー 北欧家具に映る日本の美意識
北欧家具には、ふとした瞬間に日本文化の面影が垣間見える。それは、空間に静かに収まる佇まい、自然素材への敬意、そしてミニマルな美学への共鳴に由来するのかもしれない。だが、その親和性は単なる偶然ではない。さらに深く掘り下げてみると、北欧家具の根幹には、日本文化の影響が静かに流れている。1950年〜60年代のスカンジナビアデザインと日本文化との交錯をたどってみよう。
20世紀初頭、イギリスのウィリアム・モリスに端を発するアーツ&クラフツ運動は、機械化への抵抗と手仕事の再評価を掲げた。この思想は北欧の工芸教育にも受け継がれ、やがて機能性と美しさを両立させる“用の美”へと発展していく。そしてこの"用の美"の概念が、日本の民藝運動と密接に通じていたことは特筆すべき点だ。柳宗悦が説いた"日常の中にこそ、真の美がある"という思想は、北欧の家具作家たちにも少なからず影響を与えていた。
とりわけ、デンマークの家具デザイナーたちは、日本の建築や空間構成に深い関心を寄せていたという。ハンス・ウェグナーは「日本の建築には、建てるというよりも据えるという美学がある。あの静けさは、我々の家具が理想とする空間に通じている」と語っている。ウェグナーの親友でもあったボーエ・モーエンセンもまた、日本の建具の引き戸構造の襖や、箪笥に見られる持ち手の金具に着想を得て、独自の収納家具を生み出した。機能主義を追求しながら、同時に情緒を失わない。まさに、日本建築が示す理と感のバランスを思わせる設計といえるだろう。フィン・ユールに関しては、訪日した際に目にした数寄屋建築、特に柱と梁が明確に見える日本の伝統木工技術や構造美に魅了され、1957年に「Japan Chair」をデザインしている。その名の通り、日本建築への深い敬意を込めた椅子である。背と座がフレームからわずかに浮かぶ構造は、日本の間(ま)を視覚化したような設計といわれる。「余白があるからこそ、家具は軽やかになり、空間と響き合う」彼は、空白に美を見出す日本独特の感性に強く共鳴したのだ。
彼らを魅了した日本文化には、自然との共存、そして引き算の美がある。日本建築においては、自然を切り離すのではなく、取り込むことで空間が成立する。障子越しの柔らかな光、床の間の静かな余白、木材の呼吸するような質感。それらは、空間における自然との共存を意図した表現といえる。こうした感覚は、北欧家具にも通じている。厳しい冬を室内で過ごす北欧では、木の温もりや、雪面がもたらす柔らかな光の反射、手触りのよいテキスタイルなど、五感を通じて自然を感じることが重要視されてきた。室内にいながら自然を感じられること。そのために家具が存在している。また、北欧家具に見られるミニマリズムには、日本の引き算の美学、すなわち飾らず静かに佇むこと、侘び寂びや間(ま)といった感覚が大きな影響を与えていたのだろう。
遠く離れた北欧の家具デザイナーたちが、なぜこれほどまでに日本の文化や建築に共鳴したのか。 その答えは、家具が単なる道具ではなく、空間にどう在るかを問う存在であったからにほかならない。自然を尊び、静けさを慈しむ両者の哲学が、時代も国境も超えて呼応し合ったのは、ごく自然なことだったのかもしれない。
記事:谷山
JOURNAL ON 26th June 2025
静のデザイン ─ 北欧家具に映る日本の美意識
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JOURNAL / FROM HIKE / 静のデザイン ー 北欧家具に映る日本の美意識
北欧家具には、ふとした瞬間に日本文化の面影が垣間見える。それは、空間に静かに収まる佇まい、自然素材への敬意、そしてミニマルな美学への共鳴に由来するのかもしれない。だが、その親和性は単なる偶然ではない。さらに深く掘り下げてみると、北欧家具の根幹には、日本文化の影響が静かに流れている。1950年〜60年代のスカンジナビアデザインと日本文化との交錯をたどってみよう。
20世紀初頭、イギリスのウィリアム・モリスに端を発するアーツ&クラフツ運動は、機械化への抵抗と手仕事の再評価を掲げた。この思想は北欧の工芸教育にも受け継がれ、やがて機能性と美しさを両立させる“用の美”へと発展していく。そしてこの"用の美"の概念が、日本の民藝運動と密接に通じていたことは特筆すべき点だ。柳宗悦が説いた"日常の中にこそ、真の美がある"という思想は、北欧の家具作家たちにも少なからず影響を与えていた。
とりわけ、デンマークの家具デザイナーたちは、日本の建築や空間構成に深い関心を寄せていたという。ハンス・ウェグナーは「日本の建築には、建てるというよりも据えるという美学がある。あの静けさは、我々の家具が理想とする空間に通じている」と語っている。ウェグナーの親友でもあったボーエ・モーエンセンもまた、日本の建具の引き戸構造の襖や、箪笥に見られる持ち手の金具に着想を得て、独自の収納家具を生み出した。機能主義を追求しながら、同時に情緒を失わない。まさに、日本建築が示す理と感のバランスを思わせる設計といえるだろう。フィン・ユールに関しては、訪日した際に目にした数寄屋建築、特に柱と梁が明確に見える日本の伝統木工技術や構造美に魅了され、1957年に「Japan Chair」をデザインしている。その名の通り、日本建築への深い敬意を込めた椅子である。背と座がフレームからわずかに浮かぶ構造は、日本の間(ま)を視覚化したような設計といわれる。「余白があるからこそ、家具は軽やかになり、空間と響き合う」彼は、空白に美を見出す日本独特の感性に強く共鳴したのだ。
彼らを魅了した日本文化には、自然との共存、そして引き算の美がある。日本建築においては、自然を切り離すのではなく、取り込むことで空間が成立する。障子越しの柔らかな光、床の間の静かな余白、木材の呼吸するような質感。それらは、空間における自然との共存を意図した表現といえる。こうした感覚は、北欧家具にも通じている。厳しい冬を室内で過ごす北欧では、木の温もりや、雪面がもたらす柔らかな光の反射、手触りのよいテキスタイルなど、五感を通じて自然を感じることが重要視されてきた。室内にいながら自然を感じられること。そのために家具が存在している。また、北欧家具に見られるミニマリズムには、日本の引き算の美学、すなわち飾らず静かに佇むこと、侘び寂びや間(ま)といった感覚が大きな影響を与えていたのだろう。
遠く離れた北欧の家具デザイナーたちが、なぜこれほどまでに日本の文化や建築に共鳴したのか。 その答えは、家具が単なる道具ではなく、空間にどう在るかを問う存在であったからにほかならない。自然を尊び、静けさを慈しむ両者の哲学が、時代も国境も超えて呼応し合ったのは、ごく自然なことだったのかもしれない。
記事:谷山