なぜ北欧家具にはチークが使われたのか
1950-60年代に製作された北欧家具には、チークを使用したものが数多く存在します。なぜ遠く離れた東南アジアの木材が北欧へ渡り、数々の名作家具を生み出したデザイナーやファクトリーに選ばれたのか。そして、半世紀以上を経た今なお私たちを魅了する理由に迫っていきたいと思います。
チークが北欧家具の代表的な材料になる背景には「チークの特性」、「海運の歴史」、「デザイン運動」の3つの要素が密接に関わっています。チークは強度が高く、豊富な油分を含むことで耐水性・耐腐食性に優れ、シロアリなどの害虫にも強いという特徴を持っています。その優れた耐久性から、原産地であるタイやミャンマー、インドでは2000年以上前より、王宮や寺院、橋梁、船舶など重要な建造物に使用されてきました。
18世紀末から19世紀にかけて、イギリスはインド、そしてビルマ(現在のミャンマー)へ進出し、広大な天然チーク林を管理・伐採するようになります。イギリスの貿易会社The Bombay Burmah Trading Corporationは、当時世界有数のチーク材取扱量を誇り、一説には世界の約3分の1の量を扱っていたともいわれています。 これらはイギリス海軍や商船の建造・修繕に使われるだけでなく、ヨーロッパ各国へも輸出されるようになります。その恩恵を大きく受けたのがデンマークです。古くから海運国として発展してきた同国では、多くの島々を抱える地理的条件から、造船業が重要な産業となっており、船材として理想的な性質を持つチークは重宝されました。1897年にはコペンハーゲンの貿易会社 East Asiatic Companyがタイやミャンマーからチークを直接本国へ輸入するルートを確立したことで、後に北欧家具産業へ良質なチークを供給する基盤となりました。
一方、20世紀初頭に北欧家具のデザインにも大きな転換期が訪れます。それまでは、イギリスやフランスの影響を受けたバロックやロココ、ジョージアン様式に代表される装飾性が高く、重厚なデザインが主流で、マホガニーやローズウッドが用いられていました。また、庶民の家具はオークやビーチ、パインが多く使用されていました。しかし、1919年にドイツでバウハウスが設立され、合理性や機能性を重視するモダニズムが広がり、デンマークでは1924年、コーア・クリントが王立芸術アカデミー家具科で「リ・デザイン」という考え方を提唱しました。伝統の否定やモダニズムに傾倒するのではなく、優れた家具を研究し、現代の暮らしに合わせて再構築するという思想です。この考え方はハンス・ウェグナー、ボーエ・モーエンセンらへ受け継がれ、伝統的なクラフトマンシップと機能美を融合させた、デンマーク家具独自のデザインへと発展していきます。
奇しくもこの頃から高級家具材として長年使われてきたマホガニーは天然林の減少によって価格が高騰し、新たな木材が求められていました。そこで注目されたのがチークです。チークは粘りがあり、繊細な曲線や削り出しにも適した加工性を備えています。 こうした特徴は北欧のデザイナーたちが追い求めたシンプルかつ優美な造形と見事に調和しました。一方で、チークは木材内部に石灰質を含むため刃物が摩耗しやすく、加工には高度な技術が必要な側面もありました。そのため、当初は量産には不向きとされていましたが、チークに惚れ込んだデザイナーや職人は多く、工具の開発が進められました。特にフィンユールは戦後復興のため、長年チーク材の家具の量産を目指していたので、超硬合金の鋸刃により加工技術が進歩すると、彼はFrance & Daverkosen社からFD133(スペードチェア)をチーク材による初めての量産家具として発表します。熟練した職人の技術と工業化による生産性が融合したことで、チークは北欧家具を代表する素材として急速に普及していきました。多くの名作を発表してきたキャビネットメーカーズ・ギルド展でも、1951年から1958年にかけてはチーク材を用いた家具が最も多く展示されており、当時のデンマーク家具を象徴する木材だったことがうかがえます。
しかしながら、マホガニーやローズウッドと同様に大規模な伐採により、天然のチークも現在ではほとんど流通することはありません。現在流通する主なチークはインドネシアやベトナムなどの植林材です。木々を間引き、短期間で急速に成長させ、20-40年で伐採するため、年輪の間隔が広く、天然材に比べると色味が淡く、油分が少ない特徴があります。一方、ヴィンテージ家具に使われたチークは、ミャンマーやタイの天然林で80年以上の歳月をかけて育ったものです。高温かつ雨季と乾季が訪れる極端な環境下で、木々が密生する森では成長速度が非常に遅く、年輪は緻密に詰まります。そのため高い強度と豊富な油分を備え、深みのある色合いとしっとりとした質感、美しい木目が生まれました。
素材の特性と時代の潮流が重なり、北欧家具の発展に大きく貢献したチーク。当時の家具が今なお私たちのもとに残されているのは、優れたデザイナーの思想、それを形にした職人の技術、そしてその魅力を最大限に引き出すチークという素材に加え、上質なものを長く大切に使い続ける北欧の人々の価値観があったからでしょう。だからこそ、人の手によって希少な資源となったチークの歴史を知り、1つ1つの家具を丁寧に受け継いでいくことが、その価値と文化を未来へつないでいくことにつながるのではないでしょうか。
記者:萱野
画像、コメントの無断転載に関して
JOURNAL ON 9th JULY 2026
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なぜ北欧家具にはチークが使われたのか
1950-60年代に製作された北欧家具には、チークを使用したものが数多く存在します。なぜ遠く離れた東南アジアの木材が北欧へ渡り、数々の名作家具を生み出したデザイナーやファクトリーに選ばれたのか。そして、半世紀以上を経た今なお私たちを魅了する理由に迫っていきたいと思います。
チークが北欧家具の代表的な材料になる背景には「チークの特性」、「海運の歴史」、「デザイン運動」の3つの要素が密接に関わっています。チークは強度が高く、豊富な油分を含むことで耐水性・耐腐食性に優れ、シロアリなどの害虫にも強いという特徴を持っています。その優れた耐久性から、原産地であるタイやミャンマー、インドでは2000年以上前より、王宮や寺院、橋梁、船舶など重要な建造物に使用されてきました。
18世紀末から19世紀にかけて、イギリスはインド、そしてビルマ(現在のミャンマー)へ進出し、広大な天然チーク林を管理・伐採するようになります。イギリスの貿易会社The Bombay Burmah Trading Corporationは、当時世界有数のチーク材取扱量を誇り、一説には世界の約3分の1の量を扱っていたともいわれています。 これらはイギリス海軍や商船の建造・修繕に使われるだけでなく、ヨーロッパ各国へも輸出されるようになります。その恩恵を大きく受けたのがデンマークです。古くから海運国として発展してきた同国では、多くの島々を抱える地理的条件から、造船業が重要な産業となっており、船材として理想的な性質を持つチークは重宝されました。1897年にはコペンハーゲンの貿易会社 East Asiatic Companyがタイやミャンマーからチークを直接本国へ輸入するルートを確立したことで、後に北欧家具産業へ良質なチークを供給する基盤となりました。
一方、20世紀初頭に北欧家具のデザインにも大きな転換期が訪れます。それまでは、イギリスやフランスの影響を受けたバロックやロココ、ジョージアン様式に代表される装飾性が高く、重厚なデザインが主流で、マホガニーやローズウッドが用いられていました。また、庶民の家具はオークやビーチ、パインが多く使用されていました。しかし、1919年にドイツでバウハウスが設立され、合理性や機能性を重視するモダニズムが広がり、デンマークでは1924年、コーア・クリントが王立芸術アカデミー家具科で「リ・デザイン」という考え方を提唱しました。伝統の否定やモダニズムに傾倒するのではなく、優れた家具を研究し、現代の暮らしに合わせて再構築するという思想です。この考え方はハンス・ウェグナー、ボーエ・モーエンセンらへ受け継がれ、伝統的なクラフトマンシップと機能美を融合させた、デンマーク家具独自のデザインへと発展していきます。
奇しくもこの頃から高級家具材として長年使われてきたマホガニーは天然林の減少によって価格が高騰し、新たな木材が求められていました。そこで注目されたのがチークです。チークは粘りがあり、繊細な曲線や削り出しにも適した加工性を備えています。 こうした特徴は北欧のデザイナーたちが追い求めたシンプルかつ優美な造形と見事に調和しました。一方で、チークは木材内部に石灰質を含むため刃物が摩耗しやすく、加工には高度な技術が必要な側面もありました。そのため、当初は量産には不向きとされていましたが、チークに惚れ込んだデザイナーや職人は多く、工具の開発が進められました。特にフィンユールは戦後復興のため、長年チーク材の家具の量産を目指していたので、超硬合金の鋸刃により加工技術が進歩すると、彼はFrance & Daverkosen社からFD133(スペードチェア)をチーク材による初めての量産家具として発表します。熟練した職人の技術と工業化による生産性が融合したことで、チークは北欧家具を代表する素材として急速に普及していきました。多くの名作を発表してきたキャビネットメーカーズ・ギルド展でも、1951年から1958年にかけてはチーク材を用いた家具が最も多く展示されており、当時のデンマーク家具を象徴する木材だったことがうかがえます。
しかしながら、マホガニーやローズウッドと同様に大規模な伐採により、天然のチークも現在ではほとんど流通することはありません。現在流通する主なチークはインドネシアやベトナムなどの植林材です。木々を間引き、短期間で急速に成長させ、20-40年で伐採するため、年輪の間隔が広く、天然材に比べると色味が淡く、油分が少ない特徴があります。一方、ヴィンテージ家具に使われたチークは、ミャンマーやタイの天然林で80年以上の歳月をかけて育ったものです。高温かつ雨季と乾季が訪れる極端な環境下で、木々が密生する森では成長速度が非常に遅く、年輪は緻密に詰まります。そのため高い強度と豊富な油分を備え、深みのある色合いとしっとりとした質感、美しい木目が生まれました。
素材の特性と時代の潮流が重なり、北欧家具の発展に大きく貢献したチーク。当時の家具が今なお私たちのもとに残されているのは、優れたデザイナーの思想、それを形にした職人の技術、そしてその魅力を最大限に引き出すチークという素材に加え、上質なものを長く大切に使い続ける北欧の人々の価値観があったからでしょう。だからこそ、人の手によって希少な資源となったチークの歴史を知り、1つ1つの家具を丁寧に受け継いでいくことが、その価値と文化を未来へつないでいくことにつながるのではないでしょうか。
記者:萱野
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