かたちは生活から
デンマークの家具には、ライティングビューローやデイベッド、伸長式のテーブルなど、使う場面に応じて形や役割を変えられるものが多くあります。なぜ、デンマークではこうした家具が生まれたのでしょうか。家具のかたちは、デザイン上の工夫だけではなく、それを使う人の生活や、家具が置かれる住環境とも深く関わっています。
例えば日本の和室は、一つの部屋に決まった用途を持たせず、必要に応じて使い方を変えてきました。ちゃぶ台を出せば食事の場となり、布団を敷けば寝室になる。限られた空間を一つの用途に固定せず、その時々の生活に合わせて使い分けることは、日本の住まいの中で培われてきた知恵です。
今回のJOURNALでは、1950〜60年代のデンマークにおける住宅と、そこに置かれる家具に目を向けながら、北欧家具の背景を探ります。
当時の住宅事情とは
第二次世界大戦後のデンマークでは、住宅環境が大きな課題となっていました。戦後初期には、複数の子どもを持つ家族が小さなアパートで暮らすことも珍しくなく、自宅にトイレや浴室があること、温水が使えることさえ当たり前ではなかったといいます。
1955年から1970年までの住宅環境を数字で見ると、その変化はより明確です。専用のトイレを備えた住宅は62%から88%、専用の浴室は36%から71%、暖房を備えた住宅は34%から84%に増加しています。わずか15年ほどの間に、家の中の環境そのものが大きく変わりました。
一方で、都市部の住空間が一気に広くなったわけではありません。一つの部屋が、一つの用途だけを担うとも限らず、そうした暮らしの中では、家具にも柔軟さが求められます。昼は人が集まる場所に、夜は眠る場所に。収納して、必要なときには机として使う。家具が役割を変えることで、限られた空間をより有効に使うことができました。
ただ、こうした家具の背景を戦後の住宅事情だけで説明することはできません。
家具を考えるということ
デンマークでは、1950年代に住宅事情が大きく変化するよりも前から、家具を人間や空間との関係から考える土壌がつくられていました。その中心にいた人物の一人が、コーア・クリントです。クリントは1924年、王立芸術アカデミーで教鞭を執り、その後のデンマーク家具デザインに大きな影響を与えました。過去の家具を研究し、そこから寸法や構造、使われ方を読み取りながら、新しい家具のあり方を探っていきます。
なぜこの高さなのか。なぜこの奥行きなのか。人はどのように身体を預け、家具のまわりをどのように使うのか。クリントが考えていたのは、家具そのものの美しさだけではなく、人の身体や生活、そして家具が置かれる空間との関係でした。家具のかたちは、それが置かれる場所や、そこで行われる生活と切り離して考えることはできません。こうした考え方は、ハンス・ウェグナー、オーレ・ヴァンシャー、ボーエ・モーエンセンら次の世代へと受け継がれ、1950〜60年代のデンマーク家具へとつながっていきました。
受け継がれる家具の思想
1950〜60年代のデンマークでは、戦後の住宅環境が大きく変化するなか、それ以前から培われてきた、人の身体や生活、空間から家具を考える思想が重なりました。デイベッドやライティングビューロー、伸長式のテーブルなど、暮らしに応じて役割を変える家具は、そうした時代と生活への一つの応答だったのでしょう。
その考え方は、半世紀以上を経た現在にも受け継がれています。デンマークには今も数多くの家具や照明のブランドがあり、過度に飾ることのないデザイン、人の身体や住空間に寄り添うスケール、そして長く使うことを前提としたものづくりは、国境や時代を越えて人々を惹きつけています。
その背景にあるのは、単なる様式としての「Danish Style」ではなく、暮らしを起点に考える姿勢なのかもしれません。人がどう暮らし、どのような空間で、どのように家具を使うのか。それを考えたデザイナーがいて、その発想を形にする職人の技術があった。生活、デザイン、クラフトマンシップ。その三つが互いに結びつきながら、人の暮らしを丁寧に扱ってきたことこそ、デンマークの家具が今も世界中で愛される理由の一つではないでしょうか。
家具のかたちは、いつも生活のすぐそばから生まれてきたのです。
JOURNAL ON 3rd September 2026
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かたちは生活から
デンマークの家具には、ライティングビューローやデイベッド、伸長式のテーブルなど、使う場面に応じて形や役割を変えられるものが多くあります。なぜ、デンマークではこうした家具が生まれたのでしょうか。家具のかたちは、デザイン上の工夫だけではなく、それを使う人の生活や、家具が置かれる住環境とも深く関わっています。
例えば日本の和室は、一つの部屋に決まった用途を持たせず、必要に応じて使い方を変えてきました。ちゃぶ台を出せば食事の場となり、布団を敷けば寝室になる。限られた空間を一つの用途に固定せず、その時々の生活に合わせて使い分けることは、日本の住まいの中で培われてきた知恵です。
今回のJOURNALでは、1950〜60年代のデンマークにおける住宅と、そこに置かれる家具に目を向けながら、北欧家具の背景を探ります。
当時の住宅事情とは
第二次世界大戦後のデンマークでは、住宅環境が大きな課題となっていました。戦後初期には、複数の子どもを持つ家族が小さなアパートで暮らすことも珍しくなく、自宅にトイレや浴室があること、温水が使えることさえ当たり前ではなかったといいます。
1955年から1970年までの住宅環境を数字で見ると、その変化はより明確です。専用のトイレを備えた住宅は62%から88%、専用の浴室は36%から71%、暖房を備えた住宅は34%から84%に増加しています。わずか15年ほどの間に、家の中の環境そのものが大きく変わりました。
一方で、都市部の住空間が一気に広くなったわけではありません。一つの部屋が、一つの用途だけを担うとも限らず、そうした暮らしの中では、家具にも柔軟さが求められます。昼は人が集まる場所に、夜は眠る場所に。収納して、必要なときには机として使う。家具が役割を変えることで、限られた空間をより有効に使うことができました。
ただ、こうした家具の背景を戦後の住宅事情だけで説明することはできません。
家具を考えるということ
デンマークでは、1950年代に住宅事情が大きく変化するよりも前から、家具を人間や空間との関係から考える土壌がつくられていました。その中心にいた人物の一人が、コーア・クリントです。クリントは1924年、王立芸術アカデミーで教鞭を執り、その後のデンマーク家具デザインに大きな影響を与えました。過去の家具を研究し、そこから寸法や構造、使われ方を読み取りながら、新しい家具のあり方を探っていきます。
なぜこの高さなのか。なぜこの奥行きなのか。人はどのように身体を預け、家具のまわりをどのように使うのか。クリントが考えていたのは、家具そのものの美しさだけではなく、人の身体や生活、そして家具が置かれる空間との関係でした。家具のかたちは、それが置かれる場所や、そこで行われる生活と切り離して考えることはできません。こうした考え方は、ハンス・ウェグナー、オーレ・ヴァンシャー、ボーエ・モーエンセンら次の世代へと受け継がれ、1950〜60年代のデンマーク家具へとつながっていきました。
受け継がれる家具の思想
1950〜60年代のデンマークでは、戦後の住宅環境が大きく変化するなか、それ以前から培われてきた、人の身体や生活、空間から家具を考える思想が重なりました。デイベッドやライティングビューロー、伸長式のテーブルなど、暮らしに応じて役割を変える家具は、そうした時代と生活への一つの応答だったのでしょう。
その考え方は、半世紀以上を経た現在にも受け継がれています。デンマークには今も数多くの家具や照明のブランドがあり、過度に飾ることのないデザイン、人の身体や住空間に寄り添うスケール、そして長く使うことを前提としたものづくりは、国境や時代を越えて人々を惹きつけています。
その背景にあるのは、単なる様式としての「Danish Style」ではなく、暮らしを起点に考える姿勢なのかもしれません。人がどう暮らし、どのような空間で、どのように家具を使うのか。それを考えたデザイナーがいて、その発想を形にする職人の技術があった。生活、デザイン、クラフトマンシップ。その三つが互いに結びつきながら、人の暮らしを丁寧に扱ってきたことこそ、デンマークの家具が今も世界中で愛される理由の一つではないでしょうか。
家具のかたちは、いつも生活のすぐそばから生まれてきたのです。